~静岡の低山で“自遊”時間~「自遊舎の里山・低山トレッキング紀行」《高ドッキョウ トレッキング》編
- 1 日前
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地形図に名前が刻まれた山、「高ドッキョウ」
今回は、静岡市清水区の興津川上流部に位置する山、「高ドッキョウ」(1133m)を歩いてきました。
実はこの山、数年前までは地形図に名前がなく、ただ標高の数字だけが記されている「知る人ぞ知る存在」でした。
しかし、改めて最新の地図を確認すると、今はしっかりと「高ドッキョウ」の名が刻まれています。
かつては誰にも名指しされなかった場所に、名前が与えられる。
それは、曖昧だった存在が、一つの確かな輪郭を持った瞬間のように感じられ、今の自分の心に不思議と強く響きました。
登山道途中に現れる、慈しみに満ちた!?「ヒュッテ樽」
登山道を進んでいくと、一軒の無人小屋が現れます。
その名も「ヒュッテ樽」。

驚くのは、その管理の行き届き方です。
個人所有の小屋でありながら、内部もトイレも驚くほど清潔に保たれています。


そこにあるのは、単なる清掃という作業ではなく、「自分の居場所を、自分自身の手で大切に整える」という、持ち主の方の強い意志と誇りです。
誰に見せるためでもなく、ただ自分の信念のために場を清める。
その静かな佇まいに、今の自分も背筋が伸びる思いがしました。
山頂から広がる、富士山と「静寂」の展望
さらに歩みを進め、山頂へ。
高ドッキョウの山頂に立つと、視界が劇的に開け、富士山の裾野が端から端まで広がる壮大な景色が目に飛び込んできます。

大きく広がる裾野を見渡しながら、静かな山頂で風を感じていると、時間はゆっくりと、しかし確実に流れていくことを実感します。
あえて言葉を交わさず、今ここにある景色をただ静かに受け入れること...
「何もしない」という選択をすることで見えてくる景色も、自分を大切にする一つの形なのかもしれません。

まとめ ― 変化を受け入れ、歩き続けること
今回歩いた高ドッキョウは、次のような魅力と、ある「気づき」をくれた一座でした。
・最新の地図に名前が刻まれた、秘めたる名峰
・「ヒュッテ樽」に見る、自分自身を大切に整える心の在り方
・富士山の裾野を端から端まで独り占めできる、静寂の展望
かつては標高の数字だけが記され、地図の上では空白だった場所に、今は「高ドッキョウ」という名がしっかりと刻まれています。
「変わらないと思っていたものも、時間と共に少しずつ、その姿を変えていく」
それはどこか切なくもあり、同時に、救いのようにも感じられました。
今はまだ苦しくて、名前を付けることすらできないこの時間も、いつか時間が経てば、自分自身の人生にとって意味のある「大切な記憶」という名前で呼べる日が来るのかもしれません。
誰にも語られない想いを胸に、今はただ、この静かな山頂のように凛としていたい。
地図が新しく書き換えられていくように、自分もまた、一歩ずつ自分の足音を確かめながら、新しい明日へと歩いていこうと思います...


























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