春の立山連峰を仰ぐ… 富山「雨晴海岸」巡礼紀行(第三話)
- 4 日前
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この雨晴海岸から仰ぎ見ることができる「剱岳(つるぎだけ)」。
実は私が、最も愛してやまない山が、この剱岳です。
新田次郎の小説『剱岳 点の記』にも描かれていますが、そこはかつて、立山信仰が盛んだった時代に、地獄の剣の山や針の山として恐れられ、人が立ち入ってはならない場所、と考えられていたそうです。
急峻な地形からか、前人未踏の山とされ、登ると罰が当たる、という言い伝えがあったが故でしょうか。
私が夏場にガイドとして活動する富士山は、ご神体である女神、木花開耶姫(このはなさくやひめ)のように、均整のとれた、しなやかで、どこか「女性らしさ」を感じさせる山です。
対してこの剱岳は、あの荒々しく、峻厳とした岩稜と雪渓を抱いた、どこか「男性らしさ」を感じずにはいられない山なのです。
富士の美しさとは対極にある、その厳格な美しさ、というものを私は感じるのかもしれません。
3月20日 6:00 雨晴海岸の夜明け
東の空が、ゆっくりと明るさを増すと同時に、先程まで闇に包まれ、静寂だった富山湾もゆっくり輝きはじめます。
まるでこの海の生命力が躍動しはじめるかの如く、生き生きと、しかし、決して無理することもなく、自分なりの平常心を保ちながら、穏やかに、一日をはじめる準備を整えているかのようです。
3月20日 6:10 立山連峰からの御来光
立山連峰の端より、強烈な一筋の光が差し込みました。
感動の御来光です。

強烈な光はみるみると大きくなり、神々しさを増してゆきます。
その光を浴びながら、私は心の中で、自分にこう言い聞かせました...
「人生、土砂降りの雨の日もあれば、雲ひとつない真っ青な晴天の日も、必ず訪れる…」
3月20日 7:00 憧れの雨晴海岸を後にする
到着してから、わずか1時間30分。
私は、ここ、雨晴海岸を後にすることにしました。
地元の美味しい物を食べたいという欲があるわけでもなく、また、宿に泊まってゆっくり温泉にでも浸かり、まったりしたいという欲があるわけでもなく、ただただ、この景色を眺めたいがための目的で、今回、富山にやってきたのです。
これだけで十分満足できた旅でした...
富山からの帰り道、途中の諏訪湖サービスエリアに立ち寄りました。
すぐ近くには、諏訪大社のご神体とされる「守屋山(もりやさん)」があります。
ふと、ちょうどこの時期、登山道沿いに咲く「ザゼンソウ」の花を思い出しました。
今回、残念ながら、ザゼンソウを見に行くことは出来ませんでしたが、再びその花に会いに行ける時が来るまで、静かに待とうと思います。
さあ、伊豆まではもうひと頑張りです。
残りの帰り道、グレンハンサードの When Your Mind's Made Up という曲を聞きながら、私は再びハンドルを握るのでした。
(終わり)


























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