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春の立山連峰を仰ぐ… 富山「雨晴海岸」巡礼紀行(前編)

  • 3 時間前
  • 読了時間: 3分

今からさかのぼること、およそ10年前。


私は若さに任せ、日帰りの剱岳登山に挑みました。


夕方、伊豆の自宅から車を走らせること6時間。


深夜、早月尾根の登山口である馬場島に到着。


3時間の仮眠後、暗闇の中を歩き出し、午前7時には山頂へ。


正午には下山し、その日の夕方には再び伊豆の自宅へ戻る……。 


世に言う「弾丸登山」です。


あの頃の私にとって、山は征服すべき対象であり、自らの限界を試すための峻険な壁でした。


若さゆえの無茶であり、傲慢さだったのかもしれません。


昔から、思い立ったらすぐにやらねば気が済まない性分でした。


数日の休みができれば即座にチケットを取り、一人でアジアの国々を彷徨う。


そんな「動」の生き方が、私のすべてでした。


しかし今回、私の中に芽生えたのは、全く別の感情でした。 


あの鋭い岩の峰に登るのではなく、「敢えて遠くから、ただ静かに眺めていたい」。


それは、単なる体力の衰えではなく、人生の荒波を経て、大切なものを遠くから慈しみたいという、祈りにも似た心の変化だったのかもしれません。


計画を立て、2日後には実行へ。 


しかし、今回の旅は、10年前のそれとは比較にならないほど、重く、苦しい「試練」を伴うものでした。



3月19日 17:00  伊豆の自宅を出発


目的地は富山、雨晴海岸。


深夜の高速道路をひた走る中、抗いがたい眠気が襲います。


しかし、私を苦しめていたのは生理的な欲求だけではありません。


ハンドルを握る手が時折震えるほどの、目に見えない精神的な重圧と孤独。


「なぜ、自分はこれほどまでにボロボロになりながら、北へ向かっているのか」 その答えを自問自答しながら、夜の闇を切り裂いて進みました。



3月20日 0:00  北陸自動車道・有礒海(ありそうみ)SA到着


かつて万葉の時代から「有礒(ありそ)」と呼ばれたこの地も、今は深い夜の底に沈んでいます。


 10年前の自分なら、仮眠もそこそこに目的地へ急いだことでしょう。


しかし今の私は、ただこの静寂に身を委ねる時間が必要でした。


夜と朝のはざまで、暗い海を見つめながら、自分の心の中にある「ざわつき」を必死に抑え込みます。



3月20日 4:00  車の後部座席を倒し、冬山用の寝袋に包まれる


20時間近く一睡もせず、極限まで疲れているはずなのに、不思議と目は冴えてしまい、心の中には「ざわつき」が消えません。


外はまだ暗く、窓から伝わる冷気が、今の自分の孤独を強調しているかのようでした。


私はただ、夜明けの光がくるのをじっと待っていました。


外はまだ、寒く暗い。


しかし、この暗闇の先に、想像もしなかったほどの「眩しい光」と、覚悟していたはずの「ひとつの終わり」が待っていることを、この時の私はまだ、本当にはわかっていませんでした。


(後編へ続く)

 
 
 

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